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また子どものころの話

祖父の手の指は関節が膨らんでいました。

全ての指とその関節が堅く張ったようになって曲がったままになっていました。

手は茶色くて大きく、しわしわでしたが、関節だけがごぶのようになっていました。

祖母の手も同じでした。そして母方の祖母の手も。

幼い私が痛くないかとの聞くと、痛くないとの事。

曲がった指を伸ばそうとすると、痛いからやめろと言いました。

何故か聞くと、たくさん働いたからだとの事。

おかいこでたくさん働いたから‥‥

‥‥‥‥‥‥
私が大人になって、ある日

病院の待合室で、あるおじいさんの手の指が節くれ立っているのを見ました。

たくさん働いたんでしょう、と聞いたら

そうだよ、現場でレンガなんかをたくさん積んだんたんだ‥‥

少しだけ得意そうに教えてくれました。










2020/11/30(月) 14:45 日記 記事URL COM(0)
小さいころの事。

夜、たまに母親がりんごを剥いてくれたことを思い出します。

りんごを四つに切ってから、皮を剥いて、青いボールのなかに落とし、

大きい場合はさらに切り分けて、それを私に渡してくれました。

母も時々自分で切ったりんごを食べていました。

私は器用に果物ナイフをつかう母の手を飽きずに見ていました。

時々、母は別の皿に切ったりんごをいれると、私にこれを父のところへ持っていくように言いました。

そこで私は父の部屋に行き、ふすまを開けて、りんごをもって来たといいました。

たいてい夜は父は卓で本を読んでいましたが、お皿をおいていくように言いました。

別の時に、やはり私は母に命じられて、りんごの入ったお皿をもって父の部屋に行きました。

このとき父が言ったのは、いらないから持ち帰るようにとのことでした。

それから後、母がりんごを剥いて、私が父の部屋にりんごのお皿を持って行き、そのまま持ち帰ることが幾度か繰り返されました。

あるとき母から父の部屋に行ってりんごがいるかどうか聞くように言われました。

そのころになると私は父はりんごを食べはしないのだと分かっていましたが、命じられた通り父の部屋を開けて尋ねました。

やはり父はいらないといいました。

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おそらく父は夜に間食する習慣を好まなかったのでしょう。

母は薄々それを知りながら、私に持って行くことを命じていたのかもしれません。





2019/12/11(水) 00:08 日記 記事URL COM(0)

昔の記憶をたどって、この道でよかったのかと危ぶみながら、

笹藪になりかけた細道を進んでみましたが、すぐに道は林の中に消えてしまいました。

・・・・・

そのお寺の跡は私が小さいころに行ったことのある場所で、江戸時代に山の中にあったお堂を

里に移築した跡なのだそうです。

里から離れた大きな岩がある険しい場所でしたが、

お堂をおいて、岩にたくさんの洞窟を掘って石仏を祀ったのだそうです。

私が小さかった当時は大人たちと一緒に見学の一行に加わり、

ロープを伝って岩の上に上り、岩の割れ目に残っている数々の石仏や祠を拝んだものでした。

詳しい行き方はよく覚えていませんが、高原に上っていく舗装道路から、

その場所への道がわかれていたことだけは覚えていました。

・・・・・

私は今年も、小さい頃を過ごしたこの里にきていました。

そうして毎年来るたびにこの土地の山が深くなってきていると感じます。

小さい頃父親から教えられた、尾根沿いの林道はたくさんの倒木で通れなくなっていました。

以前は見ることもなかった獣たちを、それほど遠くない山の中で見かける機会がふえました。

山中にあって、湧き水があるために石囲いがされていた場所が、

今ではすっかり埋もれていました。

私の祖母は、幼い私にこうした山の中で水が取れるところを教えてくれていたのでした。

年ごとにこうした変貌を感じていた私は、

ふと小さいころに訪れた思い出のある、そのお寺の跡に行ってみたい気持ちが湧いて来たのでした。

・・・・・

今の季節は冬。

暖冬のため雪はなく、葉をおとした落葉樹の間に植林の針葉樹が暗く茂って、林の中を寒く感じさせています。

くだんの舗装道路は林の中を蛇行しながら高原へと上っていくのですが、

私の記憶ではそのカーブの一つに林の中に入っていく道があるはずでした。

私はカーブに差し掛かるたびに林の中をうかがってそれらしい道があるか探してみました。、

なにかを思い出せないかと行ったり来たりする必要がありました。

そんなところ、ある苔むした巨大な岩にどこか見覚えがあるような気がしました。

そこで試しに林の中に踏み込んでいくと細い道を見つけました。

・・・・・

その道をたどると一旦は尾根沿いに上るように見えていましたが、

途中でいくつもの倒木に阻まれて消えてしまいました。

私はこのまま上って尾根沿い上るか迷いましたが、比較的に倒木の少ない谷筋を上っていくことにしました。

手入れがされていない林の中をしばらく歩くと遠くの尾根上に岩が露出した小ピークが見えてきました。

岩の間に松が生えているのが見え、その間に石塔が立っているのが見えました。

・・・・・・

私は尾根にある大きな岩山にとりついて、木の根や岩のでっぱりをつかみながらのぼっていました。

この岩山をなしている巨岩にロープや小道がつけられているものと期待していましたが全く当てが外れていました。

人の手が入っていない岩を行き当たりばったりに這い上るといった感じです。

途中、岩の陰に奥まった岩窟があって中に祠があるのをみつけました。

岩の間に板を渡してお参りができるようにしてあったようですが

ところどころ中板が落ちてしまって覗き込むのがやっとでした。

頂上までのルートを探していると上方から鳥か動物が警戒して鳴く声が聞こえました。

・・・・・

私は結局そのルートから上まで上るのはあきらめて降りてしまいました。

かつてはその中に石仏を安置していたのでしょう。巨岩の足元にはたくさんの岩窟が掘られていました。

石仏や石塔がわずかに残されていました。そして一本の杉の大木がかつてのお堂の場所を示していました。

私はまだ小さいころに上った事がある、岩山の頂上に行くことをあきらめていませんでした。

そこで岩を登るルートがどこかに残っていないか探して岩山を回りこんでみました。

行く先々にもやはり岩窟がほられていましたがなにも残ってはいませんでした。

崩れやすくなっている岩の足元に注意しながら移動しているうちに、また先ほどの鳥か動物の警戒音がきこえました。

そうして遠くの藪が動いたようでした。

私は自分が招かれざる客として、近寄ってはならないすみかに、にじり寄っているのがわかりました。

同時に少し空恐ろしくもなりました。

野生のものは、人が近寄れば逃げてくれるばかりとは限りません。

私はいい加減この巨岩から立ち去ることにしました。

・・・・・・

私は先ほど上ってきた谷筋を今度は下りながら、

私が小さかったころのように岩の間に置かれた石仏を訪れる人は

誰もいなくなったのではないだろうかと思いました。

そしてまた野生のものが住んでいると知ったら人々はどうするだろうとも思いました。

私はただ立ち去るのみで何者にせよ邪魔するつもりはありませんでした。

歩いている途中で湧き水が出ているのを見つけました。

湧き出た水が水たまりを作り、あふれた清水が林の中に気ままな小さな流れを作っています。

やがて私は舗装道路にもどりました。そして山の中を蛇行する道路をたどって里に下りてゆきました。

・・・・・

2019/01/23(水) 00:06 日記 記事URL COM(0)
 
ふと山道の右の尾根を見上げると

林の中に一匹の鹿が立っていて、私の方をじっと見つめているのでした。

・・・・・・

夏季休暇というほど長い時間ではありませんでしたが、

休みが取れたので実家に戻ることにしました。

その時一度行きたいと思っていた、岩に囲まれたお寺に

お参りする機会を持つことができました。

小学校の時に遠足で行った記憶がある、山の中のお寺です。

地図で位置を確かめると、山のふもとまでは自転車が便利なようでしたので

実家においてある自転車を借りていきました。

思っていた通り、タイヤから空気が抜けていてたので、空気入れを使う必要がありました。

それでも出発したのは、朝の8時前でした。

道路が途中から長い坂道になったので汗をかきながら、自転車を押していかなければなりませんでした。

見下ろすと市街地や学校、それに高台に造成された団地が見えました。

坂を上り続けるとやがて二つの小川が合流し、橋が架かっているところに差し掛かりました。

傍らにきれいに掃除されたお社があり、

さらに急な坂道が枝分かれていて

路傍にお寺の名前が書かれた案内板を見つけました。

そこで私はお寺の登り口に来たことを知りました。

私はお社の脇に押してきた自転車を置かせてもらうことしにして、

案内板に従ってさらに急な坂を登っていきました。

数件の民家と畑を通り過ぎました。

段にしたててある畑では主婦らしき人がツルものの夏野菜の世話をしていました。

登り続けたシャツの背中はすでに濡れていて顔を拭くタオルも湿っていました。

程なくして道は林の中に入りました。

ひんやりとした空気が心地よく顔を撫で、高い杉の木におおわれた坂道は濡れて光っていました。

地図を見ていた時はもっと荒れて崖のような道を想像していましたが、

こうして登ってみると、私は自分が念願していた通りの道を歩いていることがわかりました。

道はある沢に沿って谷筋をたどっていましたが、

目指すお寺はこの沢の上流にあるようで、私はゆっくりと坂道を登りました。

ふと斜面の上に目をやりました。

そこには一匹の鹿が細長い顔をこちらに向けて私の方をじっと見つめていました。

茶色い胴体に白い斑点の浮き上がっているのは鹿独特の模様なのでしょう。

一匹しか見えませんでしたがおそらく近くに群れがいるのだと思いました。

鹿がいるから何が変わるわけでもあるまいと、私は気を取り直して再び自分の道を歩きだそうとしました。

ところが2、3歩いてから、珍しいことだから写真を撮ったらどうだろうと思いつきました。

そこで歩みをとめ再び鹿の方に目をやると、彼は素早く警戒して一声、呼子のような高い鳴き声を林の中に響かせると

尾根の向こう側へと駆け去ってゆきました。

・・・・・

到着したそのお寺には驚くほど冷たい湧き水が流れており、私は何にも代えがたく掬って頂きました。

また鐘つき堂には参拝者は自由にこれを撞くべきことが記してありましたが

私にはこの静かな場所を鐘を鳴らして変える気が少しも起こりませんでした。

そして岩に刻まれた古い時代の数々の石仏、石塔や本堂にお参りしました。

・・・・・・・・

この滞在中に私は他にも代えがたい大事なものを見出したと思います。

この日以前に私は実家に戻ってきましたが、

長く電車に揺られて夜になって到着し

その日は疲れてしまい早めに布団にはいりました。

真っ暗でとても静かな夜が窓の外に広がっているのを感じながら

いつもと違う天井を眺めて、眠りにつきました。

そして翌朝は、空が明るんできた頃、名前の知らない一羽の鳥が

甲高くさえずる声に眠りを破られたのでした。

・・・・・・







2017/08/22(火) 23:36 日記 記事URL COM(0)
   
もう何十年も昔になります。

そのころ私は学生で、実家から1000キロ以上離れた町で暮らしていたものですから、

年に1、2度の帰省の時にはいろいろな土地を通って帰ったものでした。

海を渡ったり、

電車で長いトンネルを通り抜けたり、

海岸を眺めたり、

車窓から水田の作柄を比較してみたり、

夜の電車のなかで、おじさんたちがお酒を飲みながら

土地とちの言葉で談笑しているのをきいたり

乗り換えの待ち時間に寒さで足踏みしたり

夜、人がほとんどいなくなった電車の窓から

明かりが後ろに飛び去って行くのをぼんやりながめたり

なんだか大層な思い出はひとつもありません。

たぶんその当時のことで、N海岸のあたりで駅をおりた時のことだと思いますが

一つ思い出したので、つまらないことですがここに書いてみようと思います。

私はその日、N海岸の砂浜の堤防の辺りから海を見回していました。

当時私は、まだ海が珍しくてならなかったのです。

それで海岸沿いの町に足止めされるときは、きっと港や海辺の方に歩いていったものでした。

さてその海辺は海水浴のシーズンが過ぎたところで、

曇りの日のこともあり、人気はあまりありませんでした。

でも少しは砂浜を散歩をしたり、

水中眼鏡で海を覗き込んでいる子どたちなどいたように思います。

そこへ大きなスポーツバックを抱えて、学校のおそろいの体操着を着た女生徒の一団がやってきました。

全員で練習へ行った帰りに立ち寄ったのでしょうか。

確か6、7人いたように思います。

彼女らは砂浜に学校のカバンやスポーツバックをおろしまして、何かおしゃべりをはじめました。

しばらくすると中の二人が体操着の裾をまくりあげて、波とたわむれはじめました。

そのうち一人が足で海水を蹴飛ばしてもう一人にかけると、相手が仕返ししました。

そして水の掛け合いになり、ずいぶん濡れてしまったようでした。

二人は、周囲で大笑いしながら見ている友人たちにも次々に海水をかけました。

掛けられた方も、今以上に相手をびしょ濡れにしようとやっきとなり

とうとう海のなかに膝をつかせ

大騒ぎのなかで、ついには全員が平等に海の中に引きずりこまれて

体操着の上から水を掛け合っていました。

そのだんだんと大きくなる大層な嬌声が

遠くにいる私のところにも響いてきました。

やがて彼女らは次第に静かになり、

海から出て、スポーツバックからタオルをだして体を拭きはじめました。

拭きながらぶつぶつと何かいっていっているのが聞こえました。

私はもう行かなければと思って腰を上げ、お尻に付いた砂を払い落としました。

まだ待ち時間はあったのですが、早めに駅に行っておこうと思ったのです。

・・・・

こんな昔に見た些細な出来事を、今なぜ思い出したのかよくわかりません。

また思い出せてもすぐ忘れてしまっても、不思議はないのですが・・・

2016/11/12(土) 21:06 日記 記事URL COM(0)

このまえ、知り合いのおばあさんのお宅でお茶を飲んでいたとき、

おばあさんが、虫眼鏡で辞書を調べていらっしゃいました。

届いたメールの中に読めない漢字があったんですと。

お友達と一緒に種々検討してみましたが、どうもはっきりしないとのこと。

聞いたところ「鰤」という字。食卓に上る魚にちがいありません。

タイではあるまいとのこと。ニシンかな?サバかもしれない。

さすれば私奴が調べてさしあげますと、申し上げたたところが

自分で探すからといって、ゆっくりとページをめくっていらっしゃいました。

そうしてとうとうブリという字であることを突き止められました。

・・・

その日もおいしくお茶とお菓子を頂きましたので、

お盆をおさげして、お礼を申し上げて退出いたしました。


2016/10/15(土) 19:44 日記 記事URL COM(0)
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